大阪なんばを散策!ひとぱん工房店長が明かす、パン職人としての原点と「国産小麦」との運命の出会い
久しぶりに故郷の大阪を訪れ、私がパン職人として歩み始めた初期の頃を振り返りました。19歳で初めて働いたパン屋さんでは、職場の理不尽な環境に悩み、退職を決意。さらに当時はパンを食べること自体が苦手でしたが、その後に国産小麦のパンと出会ったことで人生が大きく変わりました。過去の経験があったからこそ、現在は松戸の「ひとぱん工房」で、体に優しく、心から納得できるパン作りに日々向き合えています。
はじめに:久しぶりの大阪・なんば散策へ
皆さん、こんにちは。「ひとぱん工房」店長のひとみです。
先日、久しぶりに私のルーツでもある故郷、大阪を訪れる機会がありました。実家は大阪の北の方にあるのですが、今回は南のエリアである「なんば」周辺をゆっくりと散歩してみました。
なんばの街を歩いていると、すれ違う方の多くが外国からの観光客の方々で、活気あふれる独特の雰囲気に包まれていました。普段、東松戸のお店でお客様とお話ししている穏やかな時間とはまた違うエネルギーを感じながら歩いているうちに、ふと、私がパン職人として歩み始めたばかりの「あの頃」の記憶が鮮明に蘇ってきました。
今回は、普段お店ではあまりお話しすることのない、私のパン職人としての原点と、少しほろ苦い思い出について綴ってみたいと思います。
私の原点。19歳の私が直面した、初めてのパン屋さんでの出来事

私が人生で初めてパン屋さんで働き始めたのは、19歳のときでした。
当時お世話になったのは、実家からもほど近い、地元で長く愛されている家族経営のパン屋さんでした。外国産の小麦を使ったパンをメインに焼いているお店で、今でも営業を続けられており、もう20年以上もの歴史があるそうです。個人のお店がそれだけ長く続くというのは、同じようにお店を運営する立場になった今だからこそ、本当にすごいことだと心から尊敬しています。
しかし、私の初めてのパン屋修業は、決して順風満帆なものではありませんでした。
当時の私は、右も左も分からない未熟な19歳。パン作りの楽しさや奥深さを知る前に、職場の人間関係や環境の壁にぶつかってしまったのです。
私が退職を決意した理由は、職場で起きていた理不尽なトラブルでした。後輩のスタッフがセクハラのような被害に遭っていたにもかかわらず、上層部がそれを見て見ぬふりをして止められないという、とても風通しの悪い環境だったのです。
当時の私は若く、正義感も強かったため、「こんな理不尽なことが許されていいはずがない」と強く憤りを感じました。これ以上、この環境で働き続けることはできないと決断し、お店を辞めることを伝えました。
もちろん、お店に迷惑をかけないよう、辞めるまでの1ヶ月間はしっかりと後輩への引き継ぎを行いました。最後まで自分の責任を全うして綺麗に辞めたつもりでした。
しかし、私が抜けた後、一緒に働いていた後輩2人もすぐに辞めてしまったのです。お店のスタッフが一気に減ってしまい、結果的に現場を回すのが大変になってしまったと聞きました。
大人になった今振り返れば、「もっと違う解決方法があったのかもしれない」「上層部としっかり話し合うべきだったのか」と冷静に考えることもできます。当時は周りからも「せっかく就職したのに」「もう少し頑張ればよかったのに」という声がありました。
それでも、理不尽な状況に目をつむり、自分を誤魔化して働き続けることは、当時の私にはどうしてもできませんでした。そのお店には、辞めてから今日に至るまで、一度も足を運んでいません。それくらい、私の中では悔しく、そして大きな転機となる出来事だったのです。
実はパンが苦手だった?悩みの中で気づいた自分の本音
最初のお店を辞めた後も、ご縁があっていくつかのパン屋さんで働くことになりました。そこでは国産小麦を使っているお店や、再び外国産小麦を使うお店など、様々な環境で経験を積ませていただきました。
しかし、当時の私には、パン職人としてある「致命的な悩み」がありました。
それは、「そもそも、パンを食べることがあまり好きではないのかもしれない」ということです。
作る作業や工程自体はとても好きで夢中になれるのですが、いざ焼き上がったパンを食べるとなると、どうしてもたくさん食べられないのです。毎日のようにパンを口にしていると、胃が重く感じたり、胸焼けがしたりして、「私は本当はパンが好きじゃないのかな」と本気で悩んでいました。
しかし、自分の体調や好みを注意深く観察していくうちに、ある大きな違いに気がついたのです。
私が「苦手だ」と感じ、体が受け付けなくなっていたのは、外国産小麦を使ったパンでした。一方で、国産小麦で作られたパンは、毎日でも無理なく食べられることに気がついたのです。
運命を変えた「国産小麦」の優しさと魅力

外国産小麦と国産小麦では、それぞれに良さがあり、用途によって使い分けるのが一般的です。しかし、風味や食感、そして食べた後の体の感覚は全く異なります。
国産小麦の特徴は、なんといっても焼き上げたときにもっちりとした、日本人の口に馴染みやすい食感に仕上がることです。そして何より、噛めば噛むほど口の中に広がる小麦本来の自然な甘みと、奥深い香りがあります。
お米を主食としてきた私たち日本人にとって、国産小麦の持つ優しくてしっとりとした味わいは、体にすっと馴染んでいくような感覚があります。小さなお子様がいるご家庭でも、「このパンなら子供が喜んで食べてくれる」「毎日食べても胃もたれしない」といったお声をよく耳にします。それは、国産小麦が私たちの体に優しく寄り添ってくれる素材だからだと思います。
この粉の違いによる大きな変化に気づいたとき、「私が作っていきたいのはこれだ!」と、目の前がパッと開けたような気がしました。
自分が本当に好きだと思えるもの。毎日でも食べたいと思え、大切な家族にも安心して食べさせられるもの。それが私にとっての国産小麦のパンだったのです。
挫折を乗り越えて。今の「ひとぱん工房」に繋がる想い
粉の違いで、パンはここまで変わる。そして、自分が心から納得できる素材であれば、毎日の食卓がもっと豊かになる。
その気づきは、現在、私が営む「ひとぱん工房」の揺るぎない基盤となっています。私たちがお店でお届けしているのは、自分自身が毎日でも食べたいと思える、こだわりの国産小麦のパンです。
地域にお住まいのご家族皆さまで安心して召し上がっていただけるよう、一つひとつの素材と真摯に向き合いながら、毎日心を込めて焼き上げています。
また、19歳の頃に経験した「職場の環境への違和感」も、私にとって決して無駄な経験ではありませんでした。
心がこもった温かいパンを作るためには、まず作り手自身が健やかで、前向きな気持ちで働ける環境が不可欠です。スタッフが理不尽な思いをしたり、ストレスを抱えたりしたまま作られたパンは、どこか硬く、優しい味にはならないと私は信じています。
だからこそ、今のお店では、働くスタッフ全員が笑顔で、誠実にパンと向き合えるような温かい場所を作りたいと強く思っています。
おわりに:あの日の決断があったからこそ
なんばの街を歩きながら思い出した、少し苦くて、でもとても大切な私の原点。
もしあの時、理不尽な環境に目を瞑って最初のお店に留まっていたら。もし、自分自身の体調の小さな変化を見逃し、「国産小麦」という素晴らしい素材に出会っていなかったら。今の私と「ひとぱん工房」は、ここにはありません。
時には遠回りをしたり、不器用な生き方だったかもしれません。それでも、自分の心に嘘をつかずに選んできた道が、今こうして松戸の地域の皆さまにパンをお届けできる毎日に繋がっていると思うと、すべての経験に感謝したい気持ちになります。
これからも、あの頃のまっすぐな気持ちを忘れることなく、皆さまの毎日の食卓にそっと寄り添えるような国産小麦のパンを焼き続けていきます。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。お店でお会いできる日を楽しみにしております。




