パン屋の新店舗(東松戸)に「ブラストチラー」は必要か?導入を見送った3つの理由と店長の葛藤
いつもご愛顧いただき、本当にありがとうございます。
さて、今日は皆さんにご報告があり、そして、新店舗の準備の裏側で私がギリギリまで悩んでいた「決断」についてお話ししたいと思います。
実は、新しくオープンする東松戸の新店舗に、パンの美味しさを格上げすると言われる「ブラストチラー」という最新機材を導入するかどうか、図面とにらめっこしながらずっと悩んでいました。
最終的に、今回のオープン時には「導入を見送る」という決断をしました。
この記事では、
- パン屋にとっての「ブラストチラー」のすごい実力
- なぜ私が導入をあれほど悩んだのか
- そして、なぜ最終的に「見送る」という決断に至ったのか
その理由と、新店舗にかける私の正直な想いをお伝えします。パン屋の裏側でこんな葛藤があるんだなと、少しでも知っていただけたら嬉しいです。
新店舗(東松戸)への大きな挑戦
改めまして、こんにちは。ひとぱん工房のひとみです。
今は、新店舗の打ち合わせや準備のために、高速道路を走りながら、ラジオ感覚でこのお話を録音しています。
新しいお店、東松戸の店舗のオープンが近づいてきました。
ここまで本当に色々なことがありましたが、ようやく形が見えてきたことに、今はワクワクと、そして正直なところ、少しの不安が入り混じった気持ちでいます。
というのも、今度のお店は、現在の「ひとぱん工房」と比べて、なんと約3倍の規模になるんです。
これは、私にとっても、スタッフのみんなにとっても、本当に大きな大きな挑戦。
「今の規模を3倍にするだけでも、本当に大丈夫かな?」
そんなプレッシャーを感じながら、日々準備を進めています。
主婦の皆さんなら、例えば「いつもの食卓に、急に親戚一同が集まることになった!」みたいな感じでしょうか…(笑)いつもの3倍のお料理を、美味しく、温かいまま出すのって本当に大変ですよね。
そんな大きな挑戦を前に、私は一つの「最先端の機械」と出会いました。
それが、「ブラストチラー」です。
私が導入を本気で悩んだ「ブラストチラー」とは?
「ブラストチラー」って、あまり聞き馴染みのない言葉かもしれませんね。
これは、簡単に言うと「焼きたてのパンを、ものすごいスピードで急速に冷やしたり、冷凍したりする機械」のことです。
パン業界では今、この機械が「美味しさを格段に上げる」として、とても注目されています。
なぜパンを「急速に」冷やす必要があるの?
「パンは焼きたての熱々が一番美味しいんじゃないの?」
そう思いますよね。もちろん、それも大正解です!
でも、パン屋の視点から見ると、実は「冷まし方」も美味しさを左右する重要なポイントなんです。
1. 水分を閉じ込めて「しっとり」を保つ
パンが焼きたての時、生地の中にはたくさんの水分(湯気)が含まれています。
これを常温でゆっくり冷ましていくと、その水分がどんどん外に逃げていってしまいます。これが、時間が経ったパンがパサついてしまう大きな原因の一つです。
ブラストチラーは、熱々の状態から一気にマイナスの冷気を当てて冷やすことで、パン内部の水分を外に逃さず、ギュッと閉じ込めることができます。
その結果、パンのしっとり感やもっちり感が、常温で冷ましたものより格段に長持ちすると言われています。
2. 計画的な生産と「冷凍」の品質向上
ひとぱん工房でも、パンの種類によっては生地を冷凍して(冷凍発酵)、お客様が必要なタイミングで一番美味しい状態でお出しできるように工夫しています。
ブラストチラーは「急速冷凍」も得意です。
急速に冷凍することで、食品の細胞が壊れるのを防ぎ、解凍した時の品質(味や食感)が格段に良くなります。
これがあれば、もっと計画的に、もっと美味しい冷凍生地のパンをお届けできるかもしれない…。
理屈の上では、「美味しさ」「生産効率」を向上させてくれる、まさに夢のような機械なんです。
機材屋さんとパン屋さんが一生懸命考えて開発した、最先端の技術。
「これを導入すれば、もっとお客様に喜んでもらえるパンが作れる!」
そう思いました。
導入を見送った「3つの大きな理由」
「そんなに良い機械なら、なぜ導入しなかったの?」
そう思いますよね。私も、本当に、本当にギリギリまで悩みました。
ですが、悩み抜いた末に、今回は「オープン時には導入しない」という結論を出しました。
そこには、3つの大きな理由があります。
理由1:「焼きたての熱々」という最高の贅沢を優先したかった
ブラストチラーのメリットは重々承知の上で、私の中にはずっと一つの想いがありました。
それは、「パン屋の一番の魅力は、やっぱり“焼きたての熱々”だよね」ということです。
ブラストチラーで冷ましたパンは、確かに「冷めた状態でも美味しい」と言われています。
でも、オーブンから出した瞬間の、あの香ばしい匂い。手に持った時の、火傷しそうなくらいの温かさ。
あのお店のドアを開けた瞬間に感じる「幸せな匂い」と、焼きたてを待って買ってくださるお客様の笑顔。
私の中で、その光景の優先順位がとても高かったんです。
もしブラストチラーを導入すると、
「オーブンで焼く」→「ラックに移す」→「ブラストチラーに移動」→「急速冷却(数分〜十数分)」→「陳列」
という工程になります。
一方で、今まで通りなら、
「オーブンで焼く」→「ラックに移す」→「そのまま陳列」
です。
この差は、おそらく10分弱のタイムラグになります。
「焼きたてです!」とお店に並ぶまでのスピードが、少し遅くなってしまう。
「あの熱々のパンが食べたい」と思ってくださるお客様を、その分お待たせしてしまうかもしれない。
美味しさを「閉じ込める」技術も素晴らしいけれど、まずは美味しさが「溢れ出ている」瞬間の、あの熱々のパンを一つでも多く、少しでも早くお客様の元へ届けたい。
その気持ちを、今回は優先することにしました。
理由2:新店舗の「動線」問題
これは、パン屋の裏側、いや、ご家庭のキッチンにも通じる、とても現実的な問題です。
ご自宅でもお料理をするときって、「キッチンの動線」ってすごく大事じゃないですか?
「冷蔵庫から食材を出して」→「シンクで洗って」→「まな板で切って」→「コンロで炒める」
この流れがスムーズだと、お料理も捗りますよね。
もし、冷蔵庫がリビングの端にあって、コンロが洗面所の隣にあったら…?
もう、それだけでお料理するのが嫌になってしまいます(笑)
パン屋の厨房も全く同じです。
「オーブン(焼く場所)」と「陳列棚(並べる場所)」は、一番近くなければいけない、いわばキッチンの「コンロ」と「食卓」のような関係です。
新店舗の図面を設計している中で、ブラストチラーを置く理想的な場所は、「オーブンのすぐ横」で、「陳列棚のすぐ手前」でした。
でも、すでにある程度、図面(厨房のレイアウト)が出来上がってきていた段階で、その「一等地」にブラストチラーを置くスペースが、どうして無かったんです。
「じゃあ、別の空いてるスペースに置こうか?」
とも考えました。
でも、そこはオーブンからも陳列棚からも少し離れた、厨房の隅。
もしそこに置くと、
「オーブンで焼く」→「熱々のパンを台車に乗せて、厨房の隅まで移動」→「ブラストチラーに入れる」→「冷えたら、また台車で陳列棚まで移動」
という、ものすごく効率の悪い「動線」になってしまいます。
この「移動時間」は、すべて「ロスタイム」です。
このロスタイムが積み重なると、結果的にパンが焼き上がる回数が減ってしまったり、お客様をお待たせする時間が増えてしまったり…。
最新の機械を導入したのに、かえって効率が悪くなってしまっては本末転倒です。
「ここに置くしかない」という場所が、パン屋の命である動線を著しく悪くしてしまう。これが二つ目の大きな理由でした。
理由3:「3倍規模」への挑戦と「キャパオーバー」への不安
そして、これが一番正直な理由かもしれません。
それは、「ただでさえ3倍規模になるのに、使ったことのない新しい機械まで導入して、私やスタッフは本当に使いこなせるんだろうか?」という不安です。
私自身、ブラストチラーを実際に店舗で使った経験はありません。
理屈は分かっていても、実際にパンの種類ごとに「何分冷やすのがベストか」「どのタイミングで入れるか」というオペレーションをゼロから構築していく必要があります。
これは、新しい高機能なオーブンレンジを買った時に、「色々ボタンはあるけど、結局“あたため”しか使ってない…」となってしまう感覚に少し似ているかもしれません(笑)
今の店舗の3倍の規模。
それは、仕込む量も、焼く量も、接客するお客様の数も、すべてが3倍になるということです。
それだけでも、私にとっては「これで大丈夫かな」と不安になるくらいの大きな挑戦(背伸び)なんです。
この「3倍規模の運営」に慣れることが最優先なのに、そこに加えて「新しい機械の導入と運用構築」というタスクが増える…。
「考えることが多すぎる!」
そう思いました。
キャパオーバーになってしまって、スタッフのみんなが混乱してしまったり、ミスが増えてしまったり、そして何より、一番大切な「パンの美味しさ」が疎かになってしまったら…?
それが一番怖いことでした。
まずは、今の「ひとぱん工房」のやり方、今の機材のまま、3倍の規模でしっかりお店を回していくこと。
私とスタッフのみんなが、その新しい規模感に慣れること。
「まずは足元を固めること」が先決だ、と判断しました。
まとめ:東松戸で「背伸び」しながら成長します
ブラストチラーは、本当に魅力的な機械です。
今回の導入は見送りましたが、「冷凍発酵のパンを、もっと美味しく提供するためにはやっぱり必要だ」と思う時が、今後必ず来ると思っています。
その「いつか」のために、今は何をすべきか。
答えはシンプルでした。
まずは、東松戸という新しい場所で、3倍規模の店舗運営を軌道に乗せること。
この大きな「背伸び」に、全力で挑戦します。
ここで私自身もスタッフも鍛え上げられて、3倍の規模をしっかり回せるようになった時、きっと「もっとこうしたい」「あの機械が必要だ」という、新しい世界が見えてくると思っています。
その時にこそ、自信を持って新しい仕組みや機械を導入し、さらに美味しいパンを皆さんにお届けできるようになりたいです。
東松戸の新店舗では、ブラストチラーはありませんが、その代わりに「焼きたての熱々」のパンを、心を込めてたくさんたくさん焼き上げます。
オーブンから出したての、一番美味しい瞬間のパンを、ぜひ食べに来てください。
私たちの新しい挑戦を、温かく見守っていただけると嬉しいです。